【編集長便り】元警察庁長官からの忠告「天国と地獄」

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事件を伝える当時の新聞

ワセクロは5月3日、「世界プレスの自由デー」(*1)に合わせたシンポジウム「日本の『共犯者たち』は誰だ?--権力と『マスコミ』」を開きます。すでに多数の申し込みが寄せられています。誠にありがとうございます。

5月3日は、「プレスの自由」の大切さを噛みしめる上で、日本社会にとっても大切な日です。

1987年5月3日、朝日新聞阪神支局に目出し帽をかぶった犯人が散弾銃を持って押し入り、29歳だった小尻知博記者が射殺されました。その場にいた犬飼兵衛記者も銃撃され重症を負いました。犬飼さんは2018年1月に73歳で亡くなりました。生前、犬飼さんは「撃たれた後は、今でいうPTSDなんだろうな、寝るのが怖かった。毎晩必ず、高層ビルの屋上から落ちる夢を見て、地面にぶつかるところで目がさめた」と語っていました。

事件には「赤報隊」から「反日分子には極刑あるのみである。われわれは最後の一人が死ぬまで処刑活動を続ける」と犯行声明文(*2)が出されました。

阪神支局以外にも東京本社、名古屋の社員寮、静岡支局、リクルートの江副浩正・元リクルート会長、中曽根康弘と竹下登の両元首相、名古屋の韓国人会館が、「赤報隊」の銃撃や放火、脅迫の標的になりました。警察は、警察庁指定「116号事件」として捜査しましたが、いずれの事件も犯人がわからないまま時効になりました。

私は朝日新聞の阪神支局に事件が時効を迎えた後に赴任し、取材しました。事件が時効を迎えた時の警察庁長官・佐藤英彦さんを取材した時、こんなことをいわれました。

「お宮入りの事件は少なからずある。そういう事件はやればやるほど分からなくなる。これはどうだ、あれはどうだとやっているうちに収斂しなくなっていく。そして収斂しないのは、20年の捜査経験からいうと、大抵重大事件だ。気持ちと意欲は分かるし、素晴らしいと思うけど、際限がなくなるぞ」

「それと、被害者のオヤジさんが『事件を忘れないでくれ』とビラをまくのと違って、君たちの場合は被害者であるのと同時に取材者だ。犯人にしてみたら、紙面で書かれるんじゃないかという恐怖がつきまとう。老婆心ながらいっておくが、ホシに近づけばズドンとやられる可能性があるぞ。自分が『こいつは怪しい』と思って近づいている分には用心するからまだいいが、たまたま行ったらそいつがホシだった、知らないうちにホシに近づいていたというのが一番危ないからよほど用心せにゃいかんぞ」

「渡辺君は黒澤明の『天国と地獄』を見たことがあるか? あの地獄に身を潜めて天国を見上げる山崎努の目な、あっちからは見えてるんだ」

みなさんはどう思われますか?私は「地獄に身を潜める犯人から見えている」からこそ、ジャーナリストは歩みを止めず悪にプレッシャーをかけ続けることが大事だと思います。

暴力で「ものいう自由」が奪われる時代は、油断するとすぐにきます。

しかし、「日本ではジャーナリストが殺されることはない」と高をくくって、組織内に閉じこもってぬくぬくとやり過ごす記者が増えてはないでしょうか。

5月3日は、日本のジャーナリストにとって、職業人としての覚悟を新たにする日になってくれればと思います。

(渡辺 周)

【脚注】

*1 世界プレスの自由デー  :「プレスの自由」を促進し、プレスの独立を堅持し、取材活動中に命を落としたジャーナリストに哀悼を示す日。制定したユネスコは、毎年5月3日に合わせて「プレスの自由」を守る大会を開催している。今年はエチオピアで、World Press Freedom 2019が開催される。1991年にアフリカのナミビアで開催された「独立し、多元的なアフリカの報道界の促進に関するセミナー」におけるウィントフーク宣言が契機になり、1993年から制定された。

*2 犯行声明文 :「告 われわれは ほかの心ある日本人とおなじように この日本の国土 文化 伝統を愛する。それゆえにこの日本を否定するものを許さない。一月二十四日 われわれは朝日新聞東京本社東がわに数発の弾を発射した。だが 朝日は われわれが警告文をおくった共同 時事と共謀して それを隠した。われわれは本気である。 すべての朝日社員に死刑を言いわたす。きょうの関西での動きはてはじめである。警告を無視した朝日には 第二の天罰をくわえる。ほかのマスコミも同罪である。反日分子には極刑あるのみである。われわれは最後の一人が死ぬまで処刑活動を続ける。二六四七年 五月三日 赤報隊 一同」

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