大丈夫? 東大 事故調報告嫌がった院長、医学系研究科長昇任へ─検証 東大病院 封印した死(5)

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もし、あなたの大切な人が、効果を期待できない危険な治療で亡くなり、それが医療事故ではなく単なる「病死」として処理されていたとしたら、どうしますか?

【動画】東大病院で起こった、ある患者の死

ワセダクロニクルが東大病院カテーテル死「隠蔽」事件の取材をする過程で、東京大学医学部附属病院が、担当の循環器内科だけでなく、病院長も加わって病院ぐるみで事件を伏せようとした事実が浮かび上がってきた。

男性の死亡については2018年10月19日、「症例検討会」が開かれ、カテーテル治療の過程を映した画像から医療ミスの可能性が高いことがわかっていた。

しかし、東大病院の齊藤延人・院長(脳神経外科教授)は、医療事故調査・支援センター(医療事故調)への報告について難色を示した。齊藤院長は12月に医学系研究科長の選挙を控えていた。大学院医学系研究科長は医学部長を兼ね、附属病院も管理下に置く。「鉄門」で最高のポストだ。

齊藤院長は、4人の候補が立った選挙に勝ち抜き、2019年4月1日就任の次期医学系研究科長に選出された。

症例検討会で「エア」を確認 / 肺と心臓に穴が開いた客観的証拠

東大本郷キャンパスにある東大病院。男性の死亡から12日が経った2018年10月19日の午後5時30分、中央診療棟2の7階小会議室に、医師や看護師が集まった。

死亡した男性のカテーテル治療を検証するため、特別に招集された症例検討会だ。出席したのは、佐藤伸一副院長(安全、コンプライアンス、診療担当)、田中栄副院長(高難度新規医療技術評価部長)、山本知孝・病院長補佐(医療安全・安全衛生担当)ら。医療安全の責任者たちだ。司会は山本補佐が務めた。

ところがその場に、男性の治療を担当した循環器内科から、トップの小室一成教授は出てきていなかった。出席者の一人は「担当科の責任者が出席していないなんて。ずいぶんいい加減な会議だ」と感じたという。

会議室のモニターに、亡くなった男性のレントゲンや超音波の画像が映し出された。

ところが、肺に穴を開けた可能性がある時間帯の画像が、そっくり抜け落ちていた。担当医師が、心臓上部の隔壁に小さな穴を開けるためのカテーテル操作を繰り返した問題の部分だ。男性の治療は、この操作がうまくいかずに途中で中止されている。

参加者の1人は、検証に欠かせないこの部分の画像欠落について「都合の悪い画像を抜いて証拠隠滅を図ったのではないか」と思ったという。

しかし、医療ミスを推測させる証拠は画像に残っていた。治療の後半部分の画像をみた医師が指摘した。

「心嚢(しんのう)内にエアが出現している」

心嚢とは心臓を包んでいる膜を指す。その画像は、肺に穴が開いて空気が周囲に漏れ始めたことを意味していた。漏れた空気によって肺が圧迫されて気胸になる。

気胸は、治療中に生じていたのだ。しかも、男性の気胸は出血を伴う血気胸だった。

心臓のカテーテル治療中に、患者の肺に勝手に穴が開いて、自然に出血するなどということは考えにくい。更に、心臓を包む膜の内側に空気が入ったということは、心臓にも穴が開いていたことになる。

この画像を見た複数の医師が「誤ったカテーテル操作の結果、心臓から肺にまで通る穴を開けてしまい、さらに血管にも傷をつけた」と判断した。

犯人扱いされた麻酔科

ところがその疑問について、循環器内科の医師たちは「麻酔科がミスをしたのではないか」と主張した。

麻酔科は治療に先立ち、男性の首の血管から点滴用の管を入れて、心臓の近くまで通す処置などを行っている。その際に、肺に穴を開けたのではないか。循環器内科の医師はそういうのだ。

麻酔科医は「そんな初歩的なミスはあり得ない」と反論した。

循環器内科と麻酔科が、責任を押し付け合う。論点整理すらできぬまま、検討会は終了した。

院長室での幹部会議

症例検討会の後、院長室で幹部会議が開かれた。男性の死を医療事故調に報告するかどうかを決めるための会議だ。

齊藤院長はこの席でこう発言したという。

「報告すべき要件を満たしていないから、受理してもらえないんじゃないの」

医療事故調への報告は、医療行為で生じた「予期しない死亡」が対象となる。つまり「要件を満たしていない」という院長の言葉は、男性の死は「予期していた」ことを意味する。

男性は7年前から心臓の難病を患い、このままでは何年も生きられる状態ではなかった。とはいえ、1か月ももたずに死亡するほど切迫した状態ではなかった。それほど短期間での死は、予期されていなかった。だからこそ、男性へのカテーテル治療が行われたのだ。

にも関わらず齊藤院長は、男性の死を「予期していた」ことにした。

会議に参加した幹部からは「内容の如何に関わらず、院長判断で報告はできる」などの声が上がった。

齊藤院長は黙ったままだった。

東大病院のホームページに掲載される齊藤延人病院長のあいさつ文。出典:東大病院ウェブページ(2019年1月9日取得、http://www.h.u-tokyo.ac.jp/about/president/index.html)

報告遅れの理由語らず / 今春、医学系研究科長昇任へ

 なぜ、齊藤院長は医療事故調への報告を渋ったのか。

ワセダクロニクルは、齊藤院長の真意を聞くため、東大病院に質問書を送った。返って来たのは「院内の会議に関することについては、回答していません」の一言だけだった。

 齊藤院長は、医学系研究科長選挙に立候補した。

 2018年12月19日、齊藤院長は他の候補者3人を破って勝利した。

 医学部内では「重大な事故を隠そうとしたのは、選挙への悪影響を恐れたためではないか」との声が出た。

 東大病院が一転して男性の死亡を「医療事故」と認定し、医療事故調に報告したのは、ワセダクロニクルが事件を報じた後だ。

 それと同時に、医療ミスを告発した「犯人」を探すと宣言した。

東大病院近くにあるエルヴィン・フォン・ベルツ(1849-1913)の胸像。1876年に明治政府の招きで来日。「日本近代医学の父」とされる。29年間東大で教鞭を執った。ベルツは大学在職25周年記念祝賀会でのあいさつで「西洋の科学の起源と本質に関して日本では、しばしば間違った見解が行われているように思われるのであります。人々はこの科学を、年にこれこれだけの仕事をする機械であり、どこか他の場所へたやすく運んで、そこで仕事をさすことのできる機械であると考えています。これは誤りです。西洋の科学の世界は決して機械ではなく、一つの大気が必要なのであります」(トク・ベルツ編『ベルツの日記』岩波書店、1979年、上巻238頁)と述べた。参考:ベルツ記念館(群馬県草津町)ウェブページ

=つづく

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関係者へのインタビューは以下の動画からご覧いただけます。

【動画】担当医師へのインタビュー

【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー

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