どちらが嘘つきなのか─検証 東大病院 封印した死(4)

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もし、あなたの大切な人が、効果を期待できない危険な治療で亡くなり、それが医療事故ではなく単なる「病死」として処理されていたとしたら、どうしますか?

 

東京大学のシンボル・赤門の脇に建つ伊藤国際学術研究センター。2018年12月22日、東大病院カテーテル死「隠蔽」事件の渦中にある東大病院循環器内科が循環器内科の創立20年を祝う会を開いた=2018年12月22日午後4時50分、東京都文京区本郷7丁目。会場には横書きで「循環器内科創立20周年記念祝賀会」と黒い文字で書かれた看板がかけられていた。開始時間の午後5時30分近くになると、地下2階の会場は参加者で埋まった。会費は1万5000円。受付には都内の大学病院から贈られた花も置かれていた。会場は立食形式で、開始前からワイングラスを手に参加者たちが談笑していた。ワセダクロニクルは取材を申し込んだが、主催者側の男性から「今日は、ちょっと取材できないので、お引き取り願いたい」と拒否された。循環器内科トップの小室一成教授への取材を取り次ぐよう依頼したが、断られた

東京大学病院循環器内科(小室一成教授)で、「マイトラクリップ」と呼ばれる最新の心臓疾患治療を受けた41歳の男性が死亡した東大病院カテーテル死「隠蔽」事件を巡り、様々な問題が噴き出してきている。

男性のマイトラクリップ治療を進めるゴーサインとなったのは、超音波映像を医師の「見た目」で判断した結果だった。

ところが治療直前に行われた機器の計測値は「治療ストップ」の数値だった。

「見た目」の判断は、機器が示した数値より信頼できるものなのだろうか。

東大病院のカルテを見ると、医療器具のマイトラクリップを製造販売する世界的な製薬・医療機器メーカー「アボット」(*1)が、「見た目」でも可能と言ったことになっている。

本当だろうか。私たちは取材を進めた。

写真上はワセダクロニクルと月刊誌『選択』の報道を受けてアップされた東京大学病院のウェブページ。情報を外部に提供した「犯人捜し」を宣言した。公益通報者保護法に違反する可能性も。写真下は、東京大学病院循環器内科のスタッフ紹介のウェブページは「お探しのページは見つかりません」となっている。2018年12月22日午後6時現在

異なるカルテ記載とメーカー見解 /「適応上は問題ない」は誰が言った?

男性のカルテには次のような一文がある。

「TTEではVisualEF30%であり保険適応上は問題ないことを医事課およびアボットバスキュラー社に確認済み」

要するに、次のような意味になる。

ーー心臓の超音波検査(TTE)の映像を見てみたら、左心室が血液を押し出す力は30%ありそうだった。念のため東大病院の医事課とアボットに確認したところ「見た目の数値でも保険は通せる」と言っていたから大丈夫ーー

マイトラクリップ治療を受けられるのは、原則として心臓の左心室が血液を押し出す力が30%以上ある場合に限られる。「30%」は治療可否を分ける重大な基準なのだ。

東大病院が機器で計測した数値は17%だった。保険適用の基準「30%以上」を著しく下回っている。特に20%を下回ると「予後は不良」であることを、担当の金子英弘医師も以前から認めている(*2)。この状態では治療を行えない。

そこに「見た目」という別の基準がとつぜん浮上したのだ。

アボットは本当に「見た目」でも問題ないと言ったのだろうか。

アボットに電話で確認した。広報担当者は電話でこう回答した(*3)。

「情報を聞いて、出来ます、出来ませんと言ったことは事実ではありません。弊社のような医療機器メーカーは、そのようなことを判断できる立場にはありません」

「弊社がお伝えしたのは、添付文書の表記に従って欲しいということと、最終的には治療を行うチームで判断して欲しいということの2点だけです」

アボットは、器具の添付文書に記載している「30%以上」などの条件を守って欲しいとは伝えたが、「見た目でいいですよ」などとはひとことも言っていないというのだ。

この言葉が真実ならば、東大病院はカルテにウソを書いてまで、強引にマイトラクリップ治療に向かって突き進んだことになる。

マイトラクリップの宣伝に尽力した担当医

私たちは、アボットと東大病院の関係に注目した。担当の金子医師は、アボットと深い関係にあったからだ。

金子医師はドイツに留学していた2017年4月、アボットの協力を得て、マイトラクリップを宣伝する日本語の著書『急速展開する僧帽弁閉鎖不全症治療のカッティングエッジ─MitraClipと新たなカテーテル治療が切り開く未来像』(メディカ出版)を出版した。

東大病院循環器内科に着任し、マイトラクリップ1例目の治療を終えた後には、マイトラクリップ器具の箱を手にして記念写真におさまっている。

1例目のマイトラクリップ治療を終えて満足気な金子英弘医師と東大病院スタッフ。出典:日経メディカルの連載「金子英弘の『NIPPON 心臓病治療の最前線』」東大・小室教授との対談その2、2018年8月31日ネット掲載写真

金子医師や、循環器内科のトップである小室教授は、前記の心臓機能の値が30%を切る患者に対しても、マイトラクリップ治療を行いたい意向を論文で示していた(*4)。日本で対象患者が拡大すれば、金子医師らは新たな研究論文を書くことができるし、アボットは対象患者を増やすことで利益を拡大することができる。

両者は持ちつ持たれつの関係にあったのではないか。だとすれば、アボット社員の誰かが「見た目の数値を使っても構わない」などとそそのかした可能性はある。

嘘をついているのは東大病院なのか、それともアボットなのだろうか。

【動画】東大病院循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー(C)Waseda Chronicle

「見た目」は研究段階で禁じていた / 医師の恣意的判断を招く

しかし私たちの調査によると、アボットは「見た目」による検査値の使用を、研究段階では明確に禁じている。

 マイトラクリップの効果と安全性を調べる国際的な臨床試験の実施にあたり、作成した英文の研究計画にそのことを明示している。

 臨床試験に参加する患者の心臓の状態を、超音波映像などの見た目で判断すると、評価する医師の技術差や主観が影響して数値がバラついてしまい、治療効果などの正確な比較ができない。「見た目で判断しない」という約束事は、臨床試験の客観性を確保し、成立させるための不可欠な条件だ。

 アボットはこの禁止事項について、メールで次のように回答した(*5)。

「これらは臨床試験に限定されたもの」

「医療行為の一環であるという臨床の実際をカバーしておらず、(中略)あくまで医師の判断となります」

しかし、臨床試験であろうと本番の臨床であろうと、「見た目」検査値の使用を認めると、医師の恣意的判断が入り込みかねないことに変わりはない。アボットはその点をかなり厳しく判断していたと見られる。

そうするとやはり、東大病院が嘘をカルテに書き込んでいたことになる。

もしそうなら、東大病院がそんなことをする理由はどこにあるのだろう。私たちは複数の専門医に話を聞いた。

都内の循環器内科医は語る。

「医療では、計測値より見た目の数値を優先的に使うことなどありえません。そんなことをしたら、医師が数値をいくらでも操作できてしまう」

別の内科医はさらに厳しい。

「このケースの場合、『見た目の数値』は保険を通すための方便に過ぎないと思います。これで治療が成功したら、論文では『17%の患者でも成功した』と書くつもりだったのでしょう。患者を実験台にやり放題、という印象です」

【動画】東大病院で起こった、ある患者の死(C)Waseda Chronicle

=つづく

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掲載記事一覧。

(2018.12.13)「肺からの空気漏れ」見逃し、体調急変 ーー検証 東大病院 封印した死(3)

(2018.12.13)【速報】(東大病院カテーテル死「隠蔽」事件) 東大病院が一転、「病死」から「医療事故」と認定 / 医療事故調査制度の手続きを開始 / 「情報漏らした」と「犯人捜し」を宣言

(2018.12.13)(2018.12.7) 新治療の実績づくりに躍起 – 検証 東大病院 封印した死(2)

(2018.12.6)【速報】厚労省が東大病院を聞き取り調査へ / 厚労省「特定機能病院として望ましいものかどうか判断

(2018.11.30) カルテが語る真実 — 検証 東大病院 封印した死(1)

(2018.11.26)【速報】東大病院で心臓治療の患者が術後16日で死亡、院内からもミス指摘の声 / 医療事故調に届け出ず、「病死・自然死」で処理

関係者へのインタビューは以下の動画からご覧いただけます。

【動画】担当医師へのインタビュー

【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー

【脚注】

*1 企業の源流は古く、1888年に遡る。米国の開業医Dr. ウォレス・C・アボットが アルカロイド系の顆粒薬の生産に着手したことに始まる。組織のグローバル化を推進している。2010年にはインドで最大の医薬品会社となる。アボット ジャパンは1962年に創業。出典:アボットのウェブページ(2018年12月20日取得、https://www.abbott.co.jp/)。

*2 金子英弘『急速展開する僧帽弁閉鎖不全症治療のカッティングエッジ Mitra Clipと新たなカテーテル治療が切り開く未来像』メディカ出版、2017年。

*3 アボット ジャパン広報部への取材、2018年12月10日、電話で。

*4 Kaneko, Hidehiro, Mitsunobu Kitamura, Michael Neuss, Maki Okamoto, Tobias Schmidt, Hannes Alessandrini, Karl-Heinz Kuck, Issei Komuro, Christian Frerker, Christian Butter, 2018, “MitraClip in Patients With Mitral Regurgitation and Left Ventricular Ejection Fraction <30% ― Potential Implications for the Treatment of Patients in Japan ―,” Circulation Journal, 82(10), J-STAGE webpage, (Retrieved December 20, 2018, http://irw.s3.amazonaws.com/shorenstein2006.pdf).

*5 2018年12月10日。

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